ブログ「まんぷく寺」ホテル・ブライダル最前線

ホテル・ブライダル業界に係る皆様の生の声を収集した結果報告。
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ホテルマンの先生は東京ヒルトン出身者 その1

本日は、2016年11月15日(火)

 

ブログ2796号です。

 

私は2015年9月に

 

山岳リゾートホテルを退職。

 

 

当時思ったこと。

 

私は、1978年からホテルで働いた。

 

当時のホテルには、

 

自分のレベルをはるかに超える、

 

スーパーホテルマンがたくさんいた。

 

そんな素晴らしい先輩たちは、

 

皆様、

 

「東京ヒルトンホテル出身者」

 

でした。

 

1964年の東京オリンピックの前年、

 

1963年6月に開業したのが、

 

東京ヒルトンホテル。

 

日本初の外資系のホテル。

 

ビートルズなど多くのVIPが利用。

 

a-500_11557919.jpg

(後にキャピトル東京ホテルとなり閉館)

 

東京ヒルトンホテルには、

 

英語が喋れないホテルマンなどいない。

 

日常会話でも英語の表現が多かった。

 

その立ち振る舞いはスマートであった。

 

西洋のスタンダードな仕事と言える

 

なぜか、

 

東京ヒルトンで学んだ優秀な

 

ホテルマンは日本全国に出て行った。

 

そして、ホテルの主要ポジションを

 

ヒルトン出身者が占めていた。

 

 

私が就職したシティホテルの話。

 

私の先生も東京ヒルトン出身者。

 

それはそれは厳しく10年以上も

 

鍛えられた。

 

「麦踏式教育法」

 

麦は踏んで踏んで立派になる。

 

お前を踏んで踏んで立派に育てる。

 

こうして私は世界で活躍できる

 

ホテルマンに育った。(と思った)

 

当時、

 

私のような厳しい教育を受けた

 

ホテルマンは多かったと思われる。

 

 

 

その東京ヒルトンホテル開業の、

 

1963年と言えば、今から53年前です。

 

当時、新入社員で入った人も

 

すでに70歳を超える。

 

 

日本に本当のホテルサービスを普及し、

 

多くの優秀なホテルマンを育てた、

 

ホテルマンは引退してしまったのだ。

 

 

 

そこで、私は考えた。

 

初代ホテルマンの皆様から

 

教えられた我々ホテルマンが、

 

そのノウハウを若きホテルマンに

 

何も伝えていない事実。

 

それは人を育てる余裕がない

 

時代だったかもしれない。

 

我々のように徒弟制度で育った

 

人たちがいなくなった時代でもある。

 

このまま、我々が引退してしまったら、

 

日本のホテルマンの基礎が消える。

 

 

私はこう思ってリゾートホテルに

 

就職したのであった。

 

 

a-500_11557974.jpg

 

東京ヒルトンホテル名物料理

 

パコーメン。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:ビジネス

【2016.11.15 Tuesday 22:43】 author : のぶおじさん | ホテル就職物語 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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