ブログ「まんぷく寺」ホテル・ブライダル最前線

ホテル・ブライダル業界に係る皆様の生の声を収集した結果報告。
日本ブライダル史 披露宴実施率の低下 その3
 本日は、2011年5月8日 ブログ1231号です。

披露宴実施率の低下を、

私の経験からお知らせしています。

1980年ごろの岡山県倉敷市の結婚披露宴。

この頃の結婚披露宴には、

ほぼ国会議員の先生の席があった。

110508-1.jpg

1980年当時の宴会サービススタッフ 

記念写真 右下管理人



国会議員の先生(橋本龍太郎先生・加藤六月先生など)は、

市内のホテルや結婚式場を掛け持ちで回っていた。

その間、秘書の人が座り招待客に挨拶していた。

先生が到着した瞬間に「先生の挨拶」となる。

先生は約10分程度挨拶してすぐに移動していた。


先生も秘書も当日の新郎新婦のことを知らない。


この当時は、ご両家の披露宴であり本人たちは

高砂の上のかざりものであった。

招待客の満足度など誰も考えていなかった。


110508-2.jpg
1980年ごろ 宴会サービスを学ぶ管理人


私たち宴会サービススタッフは、

何の疑問も持たないで同じサービスを行っていた。


これが30年たった今、

結婚式をあげない人がこんなに多くなるとは

誰も思っていなかった。

つづく




【2011.05.08 Sunday 07:26】 author : のぶおじさん | 日本ブライダル史 | - | - | -
日本ブライダル史 披露宴実施率の低下 その2
 本日は、2011年5月7日 ブログ1230号です。



披露宴の実施率が大幅に下がっている。

その理由を経験から導きます。



私は、ホテルマン時代30件以上の結婚式で司会をした。

プロではなく、先輩・同輩・後輩の結婚式で司会をした。

1980年から1990年頃の話。

110507-1.jpg

1980年、司会をする管理人。(若い・素敵!!)


いいですか皆様、

私が司会をした30回以上の披露宴ですが、

司会の原稿はすべて同じでした。

招待ゲストの肩書きと名前が違うだけ。

ということは、

この10年間に行われた結婚披露宴はすべて同じ内容であったのだ。

2時間のドラマが主役だけ変わるだけのドラマになっていた。

こりゃ、ゲストはたまったもんじゃない。


110507-2.jpg

1990年、司会をする管理人。(道頓堀の食いだおれ太郎に似ていた)


私は、10年間で30回以上の披露宴に招待された。

その披露宴のすべてが同じ内容であった。

料理だけ多少違っていたが。

110507-3.jpg

いつも同じメンバーが座る披露宴。(実際の披露宴です)

お、ソムリエ樋口だ!!



このように日本のブライダルは大量生産型披露宴を続けていた。


新婦の友人がこのように思ってきた。

「私は嫌や」

「こんな披露宴なんていやや」

「親のためにやる披露宴なんてやだ」

自分が結婚するまでに10回以上も

招待されて気づくのであった。



この頃の披露宴は、ご両家がゲストを招いて

新郎・新婦を披露する宴であったのだ。


ゲストとして私は、

「招待しないで欲しい」と真剣に思っていた。

つづく


【2011.05.07 Saturday 06:14】 author : のぶおじさん | 日本ブライダル史 | - | - | -
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